文芸書評『ミステリアスセッティング』阿部和重著
- wakayamabungeifest
- 1月2日
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『ミステリアスセッティング』 阿部和重著(講談社)
もし自分が音痴で歌の才能がないと分かったら、作詞家になって、歌の上手い人に自分の作った歌を歌ってほしいと願う。阿部和重による小説、『ミステリアスセッティング』の主人公は、そんな夢を持つ少女だ。名前はシオリという。それは私が勝手に決めたのではなく、だだっ広い公園で紙芝居をしていた、おじいさんがそう言ったのだ。彼女は音痴だったが歌が大好きで、何か感じ入ることがあるとすぐに唄ってみる癖があった。唄ってばかりいたから、歌とともに生きてゆくことが自分の宿命なのだと信じて疑わなかった。
シオリは高校の時から、音楽に関わる人と親しくなることが多く、最初に付き合ったスズキくんという彼氏も、バンドを組み、ボーカルを担当していた。しかし、純粋な心の持ち主であるシオリは、スズキくんに金蔓にされ、CD代やギター用品代を貸したりしたが、スズキくんはお金を返さなかった。そして、スズキくんは女子に二股をかけ、それを知ったシオリは別れることを選んだ。
高校を卒業したシオリは、春に上京し、専門学校で作詞を学ぶことになった。しかし、音痴を理由にして自己紹介の時に歌を唄わなかったことから、クラスで孤立することになる。コミュニケーションに飢えたシオリが辿り着いたのは、携帯電話でアクセスできるメル友募集の掲示板だった。
その掲示板で知り合ったメル友ふたりと、頻繁に携帯メールでやり取りするようになる。メル友のひとりは、年下らしいZというハンドルの病弱な少年だった。もうひとりは、意外にも外国人で、一〇歳くらい歳上らしい、日本に滞在して八年になるというポルトガル人男性だ。名前はマヌエルといい、日本人の大学生たち三人と男女混成のロックバンドを組んでいて、彼自身はドラムを担当しているらしい。
ふたりのメル友のうち、先に会おうと誘ってきたのは、マヌエルだった。マヌエルのバンドが出演するライブに招待されたので、シオリは悦んでこれを受けた。
バンドメンバーのボーカルのツグミ、ギターはクニコ、ベースはテツヤ、とマヌエルに紹介され、シオリは運気が好転したのだと思い、これもひとえにマヌエルとZのおかげだと、早速ふたりに謝辞を送った。
すると、Zはシオリに、用心するようにと勧めてきたのだ。
〈水をさすようで申し訳ないけれど、そんなにも簡単に、人を信じすぎないほうがいい、高校生の頃のような人付き合いの失敗をくり返したくなかったら。〉
そして、Zの予言どおり、シオリはバンドのメンバーの金蔓にされてしまう。しかし、マヌエルの態度だけはいろんな意味で違っていた。シオリの部屋に別れを告げにやってきて、ひとつのスーツケースを置いていったのだ。
〈ミステリアスセッティングというのが、あれの名前だ。僕はよく知らないのだがジュエリーの世界の専門用語らしいね。たくさんの宝石が、留め金がないのに台座にぴったりくっついて並んでいるように見える不思議な接合技術を指す名称だそうだ。君に贈ったスーツケースも、そうした高度な技術で組み立てられた不思議な核爆弾というわけだ。何しろ核爆弾としてつくられた形跡がどこにも見当たらない、見た目はごく普通のスーツケースなのだから。〉
シオリは、スーツケース型核爆弾こと、スーちゃんと東京の街をさまよう。果たしてふたり(シオリとスーちゃん)の行く末は、どうなるのか。少女は大勢の命を救うことができるのか。結末を、しかと見よ。
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